近畿車輛の前身である田中車輛工場が誕生したのは1920年。阪神電気鉄道向けの路面電車を尼崎の工場で製造して以来、鉄道車両専業メーカーとして歩んできました。
東大阪に工場を移したのは戦前の1940年。新しい仕事に挑戦する気質は創業以来のもので、1958年近鉄に納入した世界初の2階建電車は、ビスタ(展望)カーと呼ばれ話題になりました。その技術は100系新幹線2階建車両など多数の2階建車両へと引き継がれています。
近畿車輛では近鉄特急「しまかぜ」や「ひのとり」をはじめ全ての近鉄電車が造られています。関西ではJR西日本の新幹線・特急車・通勤車や、南海電鉄、阪神電鉄、北大阪急行、Osaka Metro、京都市交通局など多数の電車を製造しています。
海外に向けて、米国の主要都市を走るLRV(軽量電車)、中東のドバイを走る無人自動運転の鉄道車両など多くの国と地域に輸出しています。エジプトの首都カイロ市民の足となっている路面電車を地元の人は「KINKI」と呼びます。それほど近畿車輛の路面電車はカイロ市民に根付いています。
入社10年間の成長
鉄道好きで最近では「E5系(ハヤブサ)」、「E751系(つがる)」「285系(サンライズ)」などがお気に入りです。特に鉄道に乗って各地を巡り、グルメや温泉を楽しむことが趣味です。冬に青森の浅虫温泉を訪れた際は、行き帰りに「E751系(つがる)」と「E653系(いなほ)」に乗車しました。どちらも近畿車輛製の車両で、28年弱が経った今でも大雪の中をかき分けながら力強く走行する車両を見て「さすが当社製の車両だ」と感動しました。
2年前、会社よりアメリカ出張の命を受けて3ヵ月間、経験しました。LA(ロサンゼルス)メトロの路面電車修理工場で勤務しました。同じく派遣された近畿車輛社員3人のチームで仕事しました。トラブルが起きた時は日本で先輩から教わったことが役立ちました。アメリカはクルマ社会ですので鉄道車両の種類が限られていますが、日本ではさまざまな車両を手がけることができるので、もっと技量を磨こうと思いました。
帰国後2年間で任される仕事の幅が広がりました。後輩も増え、日頃から接し方や教え方など、意識することも増えたと思います。去年、鉄道車両・製造整備2級技能検定を取得し、業務を進める上で大切な考え方や意識を身に付けることができました。
現在は、台車入れ抜き、床下取付部品機器取付、出場準備などの作業を主に担当しています。ミスや事故を防ぐため、事前に図面や資料を確認し、注意点を充分理解したうえで取り組むように心がけています。また、後輩が体調を崩していないか気を配るほか、出張時には、注意点や作業などのポイントを伝えるなど、安心して仕事に取り組めるようにサポートしています。
最近は、トラブル発生時でも落ち着いて判断することを特に意識しています。LA出張では、不具合が起きた際に、限られた工具と人員で解決しなければならない経験をしました。この経験を通じて、慎重さと冷静な判断力の重要性を実感しました。そうした力を身に付けることで、1日にこなすことのできる作業も増えていくと考えています。
これまでの経験を活かし、先輩方から学んだ知識や技術をさらに吸収しながら、自分自身の力として発展させ、日々の作業を安全に確実にこなしていきたいです。